旅の醍醐味はそこに暮らす人との出逢いにもあります。
このコーナーでは、屋久島の山海里で生きてきて、そこで培われた経験、知恵を話してくれる語り部を発掘し紹介していきます。
山岳信仰を象徴する岳参りは、海、里の恵みを山の神に届け、無病息災、家内安全、豊漁を祈願し、里に山の霊気を持ちかえります。
年二回、春の「祈願」と秋の「願解き」が旧暦の4月と8月に各集落にて行われます。
担い手がいなくなった宮之浦の町で再び岳参りを復活させようとしている人達を取材しました。
―岳参りを始める際にどのようにしたのですか?
岳参りについて、調べてみたらほとんどの集落がやっているのよね。去年から志戸子も始めたみたいだけど。
まず永田の岳参りに、やり方を教わりに連れて行ってもらったのよ。永田の人達はすごかったね。
我々は車で登山口まで行くけど、彼らは浜で砂とって(お清めして)、浜から歩くんだもん。ずーっと。
永田岳頂上まで行くわけだからね。で、一晩鹿の沢小屋で泊まって、暗い内に岳に上がって、ご来光浴びてから御参りして、帰ってくるんだもん。
こりゃーすごいね。しかも年2回。これは柴鉄正さんを中心にやっているんだよね。近年は簡略化されていたんだけど、やるならちゃんとやろうと復活させた人たちだね。
―宮之浦の岳参りについて
昭和30年代に集団就職で、青年団の活動が衰退していって、岳参りの行事がなくなったようです。
宮之浦はおおきい集落だから、なあなあになって、いつのまにかやめてしまったのかな。色々、聞いて回っているんだけど、当時やっていた人がいないのよね。
岳参りを始めたきっかけはね、お宮があるから宮之浦なのに、その町がやっていないのはいかがなものかと思い、始めたんですよ。今年で3年目だよ。
僕達は山の商売(スポーツ店)をしているからね。ガイドさんをはじめ、山で食わしてもらっている人は義務かもしれないよね。いいとこ取りだけするのは、良くないというのが僕の考えでね。
山の神様にお礼を言うのは礼儀だろうと。その気持ちがなくなったら、ただ稼ぐだけの場所になってしまうよね。縄文杉も、はやくご神木とすればいいのよね。ただの観光の目玉にするから失礼なことがおこる。
―将来の目標
あと僕が考えているのは、本当は花を持って帰りたいと思っているのよね。
他所の観光客とかいるとできないからね。許可を出してもらえないかと、関係機関に打診したんだよね。
結果、許可はでなかった。環境省が色々調べたくれたんだけど、宗教的なものでの当てはまるものがなかったのよね。
学者は調査ならいいのにね。学術研究がOKで、伝統文化はダメでした。岳参りは本来、里地から砂を持ちかえって、山から花を持ちかえって成り立つものなのにね。
いずれ、アメリカインディアン、エスキモーと同じように既得権を屋久島の人にも認めて欲しいね。
―里の話
お袋の故郷が佐賀でね。そこで面白い話があったんだけど、ゴミを不法投棄する場所があって、看板をたてても効果なくてね。ほとほと困っていたからどうにかしようと、そこにミニチュアの鳥井を建てたのよ。
そしたら効果覿面。ぴたっとやまったのよね。(笑)神様いたら捨てられないでしょう。
ぼくはどこにでも神様がいるというのが僕の考え方で、身近なところでもね。だから汚したりしたりしたらいけないよと考えられるんじゃないかなと思うのよね。
屋久島では川を渡るときは咳払いをしろとか、そこに水神様がいるんだから、小便する時は、謝りながらしなさいと教えているよね。
小さい時から言われてきたよね。ちらかすな、よごすなの精神だね。永田のばあちゃんは、暑いお風呂のお湯もそのまま流さない。
「水神様に熱い湯を流すもんじゃない。」と。川の水神様が火傷するから、冷めてから流すのね。
神様がいるのよということで、そこを汚さないとするのは上手な教え方だったのよね。
今のエコロジーにつながる精神だったのよね。
小杉谷集落で17歳から、大径木の伐採、搬出、土埋木の伐りだしなど、さまざまな山仕事を経験し、今現在も屋久杉土埋木の搬出を行う「愛林」代表の高田久夫さんに屋久島の山と人の歴史を教わります。
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