こうしてすっかり世界遺産の山にハマり、毎年季節を変えて、屋久島を訪れている。いや、決して山を歩くためだけに屋久島を訪れているわけではない。人間臭く、謙虚で、実直な『旅楽』のスタッフと酒を酌み交わす楽しみのほうが、いまとなっては大きいかもしれない。山から村へと下り、熱すぎる尾之間温泉に浸かり、島の魚を肴に山の仲間と飲む酒は、べらぼうにうまい。体はクタクタだが、島を漂う開放感のなかで気の合う仲間と「次はどこ歩こうか?」と次なる山行に思いを馳せるあの時間こそ、ぼくを屋久島へ誘う張本人のような気がしている。
しかし、昨年『旅楽』代表の拓也さんは酒をピタリと絶った。メシよりも温泉よりも女よりも酒が好きで、小屋に着くなり真っ先に酒を手にしていた拓也さんが酒をやめたのだ。拓也さんを知っている人なら誰もが「ええーー!うそー!」と自分の耳を疑ったことだろう。
2012年7月、2泊3日の行程で拓也さんと一緒に屋久杉ランドから黒味岳、宮之浦岳、永田岳を踏み、花山歩道へ抜けた。 鹿之沢小屋の広場で夕食の支度をはじめたぼくらの頭上には満天の星空が広がっていた。ビールをゴクゴク飲みながら、ぼくはまだ拓也さんの禁酒がにわかに信じられなくて、拓也さんのコップに缶ビールを注ごうとした。きっと、拓也さんなら飲むに違いないと、なかば確信して。
「いや、ほんといらないの。ぜんぜん飲まなくていいんの。気にせずにどんどん飲んで」
逆にビールをコップになみなみと注がれた。
「なんでやめたんですか?」
「いや、もう一生分飲んだし」
ヘッドライトの白い明かりの中で、にやにやと笑い、モゴモゴと恥ずかしそうに話を続けた。
「子供もできたし、家も建てたし、心を新たに、再スタートのつもりでね」
そういうと、コップに注がれた鹿之沢の水をゴクゴクと飲み干し、そのまま空を見ながら叫んだ。
「わあー、すっげー! 天の川、キレー。なかなかないよ、この星は。すっげー!」
「あなた屋久島のガイドですよね?」と突っ込みたくなるような、おおげさな感動表現を拓也さんは山でよくする。「なんじゃ、あのでかい木はー!?」とか、「ここの水、うまいなーー!」とか、「ここから見る永田岳すげー!」とか、山を生業とするガイドらしくない感動をぼくら以上に激しく表現する。それはツアーを盛り上げようという演出でも、演技でもなく、あきらかに“素”なのだ。
酒を絶ってから、さらにその感情表現に拍車がかかったように感じる。いや、お父さんになったからかもしれない。山にいるとき、拓也さんのアンテナは以前にも増して、より敏感に自然に反応している気がした。たとえば、いち早く悪天候を察知したり、サルやシカなどを誰よりも早く見つけたり、山行メンバーの経験を踏まえて的確なスケジュールを組んだり。
きっと、拓也さんはもっともっと山に近づこうとしているのだと、ぼくは歩きながら思った。酒の酔いに邪魔されることなく、生身の体を屋久島の山に置くことで、自然から何か感じとろうとしているのだ。
山で酒を飲む楽しみはなくなったが、田平拓也というフィルターを通して見る屋久島は、これからまだまだ新しい素顔をぼくに見せてくれるだろう。
こうして屋久島へいく楽しみが、またひとつ増えたのである。
編集後記:田平拓也
森山くんありがとう!!
最後のこのページは掲載しない予定でした。今後、お酒を飲みたいと思ったときに飲みにくくなるじゃないですか。(笑)そしてあまりに僕のことを書いているものだから恥ずかしくなってしまい悩みました。ただ旅樂らしさを伝えようと書いて頂いた内容(と好意)を区切ることができず、そのまま掲載しました。きっとこれからもたくさんの魅力ある人間力がある人たちに刺激を頂き、助けられ、学び、成長の糧にしていくことになると思います。森山くんとの出逢いとこれからの新しい出逢いもまた大切にしていきたいと思います。読んでいただいた方にも感謝です。屋久島でお会いできることがあれば幸いです。
2013、1、18 田平拓也
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