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光と岩と わあ

光と岩と わあ
 稜線を包み込む霧のせいで、レインウェアも懐に抱きしめたカメラも、おそらくバックパックの中のシュラフもじんわりと濡れてしまっている。  けれど不快に感じることはなく、むしろ心地よい。
 ほわんと広がる高山植物の淡いグリーンのなかに、ぼんやりした岩の輪郭がぽつぽつとある。霧の粒子が現実の境界を曖昧にさせて、  まるで誰かの夢のなかを漂っているかのような現実感のなさ。そして、突然射し込む強烈な光、現れる岩。
「わあ」と驚いたあとに横をみると、ガイドで同行してくれた田平さんは、ぼくよりも「わあ」という顔をしている。 この稜線を何百回歩いているのかわからないけれど、「同じ日はないんだよ」と笑ってたのは本当だったかと嬉しくなる。 ぼく自身もこの稜線を何度か歩いてきたが、また来れた嬉しさというのをつよく感じる。
 記憶をポロポロ落としがちの頭脳が幸いしたのか、同じ道のなかに新鮮な驚きを発見する。  その逆、思い出の中で幾層にも重なっていく風景に新たな色が加わっていく。それはもう、お見せできないのが残念なほどの絶景になっている。  それが現実になったとき、カメラを持つ手が震えて涙でファインダーがぼやけてしまわないよう、今から心の準備をしておこう。  でもやっぱり「わあ」と声をあげてしまうんだろうと思う。

Mr.Moonlight

Mr.Moonlight
良い写真かどうかはまた別として、この写真を撮りながら、ぼくはビートルズのMr.Moonlightを聴いていた。 熱心に風景写真へ挑む人からすれば、撮影中に音楽を聴くなど不届きな輩だ、そう思われても仕方ないけれど、 この当時は歌詞にも音にも人生が共感していたというか、夜の稜線を一人で歩くことになったときには必ず聴いてみようと、 バックパックの雨蓋にiPodを忍ばせておいたのだ。
12月の稜線は音楽を聴くほど長閑じゃなかった。ほっぺたがピリピリするほどの冷気。バヒューバヒューと稜線上を走る雲。 遠くの山の頂きのさらに向こうからやってきて、身体にぶつかり、後方の谷間に過ぎ去っていく雲が目で追える。 稜線は次第に雲に覆われてしまい、いくら待っても空が見えなくなってしまった。
もう帰って熱いうどんでも食べようかと迷い始めたとき、あたりが急に明るくなる。顔をあげると、 雲のなかを月が浮遊していた。Mr、ようやく出てきてくれたか。徐々に現れ始めた稜線のシルエットにピントを合わせ、 耳にイヤホンを突っ込み、再生ボタンを押した。
夜、Mr.Moonlightを聴きながらこの原稿を書いていると、あのときの稜線がリアルに想起されてくる。
岩は、いまも風に吹かれ、月明かりに照らされているのだろうか。

気まぐれ

気まぐれ
撮影の仕事で何度も訪れている屋久島だけれど、のちのちになって心に残る写真というのは、たとえば雑誌に掲載される写真とは正反対の、 比較的地味で説明不足の写真ばかりになるのは、なぜだろう。
 首筋に落ちた雫がどこから降ってきたのかと見上げたときに樹々の隙間から差し込んでいた光線や、  延々と続くトロッコ道を歩き疲れてふと見下ろした脇の倒木がそれだったりする。
 現れては消える光の僅かなタイミングに合わせて、ぼくという人間がフラッと現れ、カメラがカチャッと鳴る。  シャッターを切った理由が数年後にわかったりする。写真撮影をシューティングと表現する場合があるけれど、  それは逆で、光を受けとめる行為なんだと学べたのは屋久島の森のなか。 闇にむかっていくらシャッターを切ったとしても何も写らない。  ほんの僅かでも、被写体の放つ光があるからこそ写りこむのだと気づいた。
 人生とは不思議なもので、ひとつの理解が次の理解へとつながっていくとき、新たな課題がタイミングよく用意されてくる。  そして最近、「葉を土として見てください」と教えてくれたのは島に住む写真家だ。
それもまた、いつか実感として理解できるような気がしている。
今はまだ、自然の気まぐれをまぐれの幸運でしか撮れていないけれど。

柏倉陽介(Yosuke Kashiwakura)/ネイチャーフォトグラファー

柏倉陽介(Yosuke Kashiwakura)/ネイチャーフォトグラファー 現在、自然雑誌を中心に活躍している柏倉陽介さんは、1978年山形生まれ(神奈川在住)。2004年頃から独学で写真を学び始め、 2007年に世界二大自然写真コンテストの一つに入賞。米国立スミソニアン自然史博物館に展示される。 ほか、写真界のアカデミー賞とも呼ばれるインターナショナル・フォトグラフィー・アワードにて、 アンダーウォーター部門3位入賞、自然風景・動物・人々・文化部門で入選多数。自然で暮らす人々や風景・動物など、自然分野を幅広く撮影している。


■Award インターナショナル・フォトグラフィー・アワード
(IPA)=プロフェッショナル/ネイチャー・アンダーウォーター部門:3位。入選部門 //
ファインアート・風景、人々・文化、自然・風景、自然・野生動物、自然・樹木、ライフスタイル・人々、スペシャル・トラベルツーリズム、 ほか(2008-2011年度)。ネイチャーズ・ベスト・フォトグラフィー・インターナショナル・フォトグラフィー・アワード
2007=自然と人々部門/入賞。

■Exhibition ネイチャーズ・ベスト・フォトグラフィー・インターナショナル・エキシビジョン=米国立スミソニアン自然史博物館(2008年、ワシントンDC)。Invisible
Diversity KANZAN AKITI Gallery(2009年、青山/グループ展示)

■Publication 2009 Annual International Photography Awards Book、The
Nature's Best Photography Winners Collector's Edition 2007、and, China,
Indonesia, France other.

ウェブサイト/ Yosuke Kashiwakura Photography