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川の字になって

川の字になって
 家族と一緒にテントで寝るなんて、いつ以来のことだろう。
 小学生か中学生か。とにかく10代のはじめのころまでは、兄ふたりを交えた家族5人と、両親の同僚たちが集まって、よくキャンプをしていた。 あの頃のテントは、生地はずいぶんと重くて、それなのに雨が降るとじわじわと染みて来て、真夜中に車に避難したりしていたわね。と、母が笑いながら言う。 シュラフは布団みたいに嵩張ったし、マットも、最近の空気を入れて膨らますタイプの寝心地の良さには感心するわ。
 父を真ん中に川の字にテントのなかで並んだわたしたちは、たわいもない昔話を楽しんでいた。眠ることで夜が過ぎ去ってしまうことを惜しむかのような時間だった。

 これまでに何度となく訪れていた屋久島に、今回は両親と一緒に来ていた。
 わたしが足しげく通うのを見ていたのもひとつの理由、あとはやはりテレビなどで見ていた森の魅力に触れたいと、ずいぶん前から行きたいと母は言っていた。 父も興味は持っていたけれど、人の多さを懸念してか話題を避けていたようだ。むしろ山より海のほうが遊ぶ機会が多い人だ。
ヨットでの航海中に島の北にある一湊港に停泊したことがあると自慢気に話していた。
 山の話をすると、なんとなく海の話へ逸らしていく父を説得して、秋の終わるころ、両親とわたしの三人での屋久島行きを決めた。これまでにも何度かお世話になっていたガイドの田平さんに、一泊二日テント泊で縄文杉まで連れて行ってもらうことになった。
 縄文杉は混んでいるのだろう。二日も時間をとるのに、朝だってなんでこんなに早起きしないとならないのだ。 行程を聞いて、不平を言う父。けれど、山に入る日の朝、田平さんと会って、時間を一緒に過ごして行くうちに、理由が呑み込めて来たようだった。 歩き始めて間もないうちに、バスで一緒だった人々は早足で歩き去り、トロッコ道はずっと先にも振り返ったうしろにも、誰の姿も見えなくなる。 いつしか聞こえてくるのは、自分の息づかいと足音。そして風の音。静けさのなかで屋久島の森を歩いていると、照葉樹林のてらてらとした葉っぱを撫でながら、山の斜面を流れてくる風が見えるようだ。
 焦る必要はない。提案してくれた行程は、日帰りで山に入るのと違って、ゆったりと時間を過ごすことができるから。歩くことだけに気を取られてしまう一日なんて、この森ではもったいないことだ。
川の字になって 川の字になって 川の字になって 川の字になって
 しっとりとした空気があたりを包み込むように、夕暮れがやってきた。わたしたち4人は地図に記してあるコースタイムよりずっと時間をかけて縄文杉までやって来ていた。 日帰りの人たちはずっと前に下山している。泊りがけの登山者たちはもうすこし先の避難小屋にいるのだろう、あたりには誰もいない。
 デッキに寝転がり、縄文杉を見上げる。立っているときには気付かない、この杉はずっと手前まで枝を伸ばしている。おなじように地面の下には、幾筋にも別れ、岩を包みこみながら根を伸ばしているのだろうと想像する。
 すごいなぁ。となりに寝転ぶ父。ほんとうに、こんなふうに縄文杉を見られることも、両親と過ごせることも、すごいぜいたくなことだと思った。
 夕食のあと、先にテントに入った両親におやすみをつげて、わたしはもう一度、縄文杉のところまで足もとを照らしながら歩いて行った。 デッキに着いて、ライトを消す。目が暗闇に慣れてくると、遠くの空にうっすらぼんやり青みがさしていて、影絵のように枝葉が現れて来た。 お酒を飲みながら、けっこうな時間を過ごしたつもりで、満足してテントへ戻った。とうに眠りに着いているだろうと思ったテントは、まだ明るい。 声を掛けると、おかえりと楽しげな母の声が中から聞こえてきた。テントに三人並んでひとしきり話したあと、誰からともなく眠りに着いて行った。
川の字になって
わたしが大人の年齢になって、自ら山やいろいろなところへ行くようになって、この行動力と身軽さは親譲りだと実感していた。 そんな両親と、今度はわたしが好きになった場所に一緒に行けたらいい、という願いが叶ったようだった。これは屋久島と島で出会った人たちのおかげだ。
 好きな場所というのは土地の魅力はもちろん、そこでの時間の過ごし方がたいせつ。島の人たちは、島の魅了とそれらを楽しむ術を惜しむことなく、わたしたちに教えてくれるのだ。
山から下りた翌日、両親とわたしは車を借りて島をぐるりと一周した。 一湊港に寄ると、海からと陸から来るのとで、まったく印象が違うと父は言っていた。そんなことを聞くと、今度はヨットで屋久島に来てみたいなと思うわたし。 父は父で、以前に海から眺めて印象に残っているモッチョム岳も登れるのかな、なんて聞いている。
また家族と旅をして、一緒に山に登れたらいい。いつかわたしも、新しい家族と川の字になって眠ることがあったら素敵だな。そう思うのだった。

KIKI /モデル・女優・エッセイスト

東京生まれ。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒。在学中からモデル活動を開始。
雑誌やTVCMなどの広告、映画・ドラマ出演をはじめ、連載などの執筆、ラジオのナビゲーター、アートイベントの審査員など多方面で活動中。
『OZ magazine』(スターツ出版)にて「early bird」、『LEICA STYLE MAGAZINE』にて「カメラというのりものにのって」好評連載中。
NTV「ゆっくり私時間~my weekend house」、ETV「高校講座~美術」オンエア中。


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